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はなまる♪日本史まとめノート - 日本史は「流れ」「出来事」「人物」の3つがポイント!<☆蜜> と一緒に楽しく覚えましょう。
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西暦1156年の出来事

   〔出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』〕

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語呂合わせ いいころ(1156)勝った保元の乱
主な出来事 オーストリア公国が成立する。
日本▽
1月10日(久寿2年12月16日)- 高陽院が崩御する。
3月27日(久寿3年3月5日)- 皇太子守仁親王が美福門院の娘姝子内親王と結婚する。
5月18日(久寿3年4月27日)- 保元と改元される。
6月20日(保元元年6月1日)あるいは翌日 - 鳥羽法皇が鳥羽の安楽寿院殿で危篤に陥る。
6月22日(保元元年6月3日)- 夜、崇徳上皇が鳥羽法皇のもとに御幸するが、会えずに即日還御する。
7月20日(保元元年7月2日)- 鳥羽法皇が崩御し、即日納棺と埋葬が行われる。崇徳上皇は臨終に立ち会えず、鳥羽の田中殿に留まる。
7月26日(保元元年7月8日)- 高松殿内裏の朝廷が、源義朝(従五位下)らに東三条院を武力占拠させ、左大臣藤原頼長の所有にかかる家宝を奪い取る。同所で祈禱していた平等院の僧勝尊が調伏の容疑で逮捕され、事情聴取のため頼長に仕える平忠正と源頼憲も出頭を命じられるが、両人はこれを拒否する。
7月27日(保元元年7月9日)- 夜、上皇が田中殿を出て白河の前斎院御所に入る。
7月28日(保元元年7月10日)- 父藤原忠実の宇治の邸にいた頼長のもとに、朝廷から使いが来て平忠正と源頼憲を出頭させるよう求める。上皇は前斎院御所の南にある白河北殿に移り軍兵を召集、源為義とその息子たちが来る。夕方、頼長が宇治から白河北殿に到着する。夜、高松殿内裏に源義朝や平清盛が兵を連れて参集し、後白河天皇の御前で関白藤原忠通や信西と作戦会議をする。
7月29日(保元元年7月11日)- 未明、上皇のいる白河北殿へ朝廷方が夜討ちをかける(=保元の乱)。午後、戦闘が終結すると、「藤原忠通を藤原氏長者に任命する」旨の宣旨が下る。
8月5日(保元元年7月18日)- 「本来没収すべき藤原忠実の宇治の所領を、その子忠通に任せる」という綸旨が下る。
8月6日(保元元年7月19日)- 忠通が藤原氏長者任命の宣旨を受諾する。
8月7日(保元元年7月20日)- 奈良に逃げていた忠実が自分の所領や故高陽院名義の所領を忠通に譲る。
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