日本史出来事一覧 - はなまるまとめのおと

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西暦661年の出来事

   〔出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』〕

語呂一覧  ●前後の出来事 西暦660年 ⇔ 西暦662年



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西暦661年の主な出来事 1月27日 - アリー・イブン・アビー=ターリブの死去により、イスラム教正統カリフが終焉。
5月白村江の戦い第一派出発:1万余人。船舶170余隻。指揮官は安曇比羅夫、狭井檳榔、朴市秦造田来津。豊璋王を護送する先遣隊。
6月(新羅国武烈王7年) - 武烈王(金春秋)が高句麗への遠征の途中で陣中にて死去。
ムアーウィヤが単独のカリフとなり、ウマイヤ朝がはじまる
百済の遺臣は鬼室福信・黒歯常之らを中心として百済復興の兵をあげ、倭国に滞在していた百済王の太子豊璋王を擁立しようと、倭国に救援を要請した。これは倭国が百済への影響力を増大させることを意味していたが、百済再興の為には古くからの同盟国である倭国の助けが不可欠だった。中大兄皇子はこれを承諾した。
日本▽
2月10日(斉明天皇7年1月6日) - 斉明天皇、百済救済のため自ら船団に乗り筑紫へ出港
2月12日(斉明天皇7年1月8日) - 船団が備前の大伯海に停泊。大田皇女が大来皇女を出産。
2月18日(斉明天皇7年1月14日) - 船団が伊予の熟田津に寄港。額田王が歌を詠む
4月29日(斉明天皇7年3月25日) - 船団が筑紫の那の大津に到着
6月11日(斉明天皇7年5月9日) - 斉明天皇、朝倉宮に布陣。周辺の神社を壊してその材木で宮殿を建てる
8月24日(斉明天皇7年7月24日) - 斉明天皇崩御。第38代天皇・天智天皇が即位(称制)
11月4日(斉明天皇7年10月7日) - 天智天皇、亡き斉明天皇の遺体を難波へ葬送、挽歌を詠む
11月20日(斉明天皇7年10月23日) - 斉明天皇の遺体が難波へ到着
12月3日(斉明天皇7年11月7日) - 斉明天皇の殯の儀が飛鳥川原宮で始まる。

7世紀の主な出来事 601年 - 厩戸皇子(聖徳太子)が斑鳩宮を造る。任那回復のため、高句麗と百済に遣使する。
602年 - 撃新羅将軍を任命し、国造・郡司らの軍2万5千を動員する。
603年 - 新羅攻撃を中止する。小墾田宮に遷る。冠位十二階を制定する。
604年 - 冠位十二階制を施行する。厩戸皇子、十七条憲法を作る。朝礼を改める。
604年 - 中国隋で煬帝が即位する。
605年 - 中国の煬帝が大運河の建設を命じる。
606年 - ハルシャ・ヴァルダナ、北インドにヴァルダナ朝を建国。
607年 - 第2回遣隋使小野妹子が派遣される。「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙なきや。」国ごとに屯倉を置く。
608年 - 小野妹子、隋使裴世清らとともに帰国する。隋使、朝廷に参内し、帰国する。小野妹子また隋に遣わされる。この時、高向玄理・旻・南淵請安ら8人留学する。
609年 - 小野妹子ら帰国する。
610年 - 隋に使を派遣する。
610年 - 東ローマ帝国でヘラクレイオスが皇帝に即位。
610年 - ムハンマドがイスラム教を興す。
611年 - 隋が高句麗遠征を開始(- 614年)。失敗に終わる。
613年 - 東ローマ帝国、サーサーン朝にシリア地方を奪われる。
617年 - サーサーン朝が東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスを包囲。
618年 - 中国で煬帝が殺害され隋が滅亡する。李淵が唐を建国。
622年 - 厩戸皇子が斑鳩宮で没する。
622年 - ムハンマドがメディナへ遷る(ヒジュラ(聖遷)- イスラム暦元年)。
622年 - 東ローマ皇帝ヘラクレイオス、サーサーン朝への反撃を開始。
626年 - 唐で玄武門の変が起こり、勝利した李世民が第2代皇帝太宗として即位(- 649年)(貞観の治)
626年 - 蘇我馬子が没する。
628年 - 推古天皇が没する。
628年 - 東ローマ皇帝ヘラクレイオス、サーサーン朝を破って被占領地を奪回。
629年 - 第34代舒明天皇が即位する。
628年ごろ - 唐の僧侶玄奘(三蔵法師)がインドへ向けて出発(- 645年)。
630年 - ムハンマドがメッカを征服。
630年 - 唐軍により頡利可汗が捕えられ東突厥が滅亡。唐の太宗は西域諸国から「天可汗」に推戴される。
630年 - 遣唐使として犬上御田鍬を派遣。
632年 - ムハンマドが没し、イスラム教団でカリフ制度がはじまる。
636年 - シリア地方のヤルムーク河畔の戦いで、皇帝ヘラクレイオス率いる東ローマ帝国軍がイスラム帝国軍に惨敗。サーサーン朝から奪回した領土を再び失う。
638年 - 東ローマ皇帝ヘラクレイオスが「エクテシス」を発布。
640年 - イスラム帝国のシリア地方征服が完了。
640年ごろ - 中部ジャワにシャイレーンドラ朝が成立。
641年 - 舒明天皇が没する。
641年 - 吐蕃のソンツェン・ガンポ王が唐の文成公主を妃として迎える。
642年 - ニハーヴァンドの戦いでサーサーン朝がイスラム帝国に大敗する。
642年 - 第35代皇極天皇即位。
643年 - 蘇我入鹿が山背大兄王一家を滅ぼす。
645年 - 6月12日、中大兄皇子・中臣鎌足ら、蘇我入鹿を宮中で暗殺する。蘇我蝦夷は自殺する(乙巳の変)。
645年 - 皇極天皇が譲位し第36代孝徳天皇が即位。難波宮へ遷都( - 655年)。
646年 - 改新の詔を宣する(大化の改新)。
647年 - ハルシャ・ヴァルダナ王の死によりヴァルダナ朝の支配が崩壊し、北インドは混乱状態になる。
648年 - 東ローマ皇帝コンスタンス2世が「テュポス」を発布。
650年ごろ - スマトラ島にシュリービジャヤ王国が成立。
651年 - サーサーン朝ペルシアが滅亡。
653年 - 孝徳天皇と中大兄皇子とが不和になり。中大兄皇子以下は飛鳥に還る。
655年 - 東ローマ帝国がリュキア沖の海戦でイスラム帝国に惨敗。
655年 - 皇極天皇が重祚し、第37代斉明天皇となる。
656年 - イスラム帝国で第一次内乱が勃発(-661年)。ラクダの戦いでアーイシャがアリーに敗北。
657年 - 唐軍により沙鉢羅可汗が捕えられ西突厥が滅亡。高宗のこの時期に唐の領土は最大となる。
660年 - 新羅と唐の連合軍(唐・新羅の同盟)が百済を滅ぼす。
661年 - カリフのアリーが暗殺され、ムアーウィヤ1世がカリフとなる。ウマイヤ朝イスラム帝国成立。
661年 - 斉明天皇が没する。
663年 - 白村江の戦いで、唐・新羅連合軍に大敗する。
663年 - 吐蕃の宰相ガル・トンツェンが吐谷渾を征服する。
667年 - 近江国の大津へ遷都(- 672年)
668年 - 高句麗が唐・新羅連合軍に滅ぼされる(唐の高句麗出兵)。
668年 - 中大兄皇子が即位し、第38代天智天皇となる。
670年 - 全国的に戸籍をつくる。(庚午年籍)
671年 - 唐僧義浄が渡印のため広州を出航し室利仏逝(シュリービジャヤ王国か)に到着。
671年 - 新羅と唐が対立する(羅唐戦争)。
671年 - 第39代弘文天皇(大友皇子)が即位。
672年 - 天智天皇没する。壬申の乱で第40代天武天皇即位。飛鳥浄御原宮に遷る。
673年 - イスラム帝国海軍、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスを678年まで毎年包囲。
676年 - 新羅が朝鮮半島を統一。
680年 - カルバラーの戦い(カルバラーの悲劇)。
680年 - 第3コンスタンティノポリス公会議で単意論が排撃される。
681年 - 飛鳥浄御原令の編纂を開始する。
683年 - イスラム帝国で第二次内乱(-692年)が勃発。イブン・アッズバイルがカリフを名乗る。
686年 - 天武天皇が没し、第41代持統天皇が即位。
689年 - 飛鳥浄御原令を発令。
687年 - フランク王国でカロリング家の宮宰ピピンが実権を握る。
690年 - 戸令により庚寅年籍をつくる。
690年 - 唐で3代皇帝高宗の皇后武則天が女帝となり、国号を周とする(-705年)。唐王朝は一時断絶。
694年 - 藤原京に都を移す。
697年 - 持統天皇が譲位し、第42代文武天皇が即位する。
697年 - イスラム帝国が北アフリカのほぼ全域を制圧。
698年 - 靺鞨人大祚栄が震国(後の渤海)を建国。
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